マチコの知らない【岐阜城(稲葉城)】
地元岐阜城にロープウエイでさらっと行ったことはありましたが、ガイドさんについてガッツリ回ったのは恥ずかしながら今回が初めてです。
感想としては。。。
① 石垣が信長の時代のものだけでなく、道三時代の石垣も一緒に見ることができた。
② 古地図を手に、現在地を確認しつつ回れたのが超楽しかった。
③ 岐阜城の端の端「鼻高」という場所まで行けた。
④ 険しい道を歩いた後の展望レストランでの食事がおいしすぎた!
と半日のツアーですが私の中では非常に楽しい日となりました。
① 道三の時代にも石垣を使った築城がありました。その特徴としてはまだ角が作れない。
今はどこのお城に行っても算木積みといって特徴的な石の積み方を見ては「ほーっ」とその見事さに感嘆することが多いですよね。
まだ道三の頃にはそんな技術がありませんので、なんとなくカーブした感じに見えました。
岐阜城の石は金華山から持ってきたもので、チャートだそうです。チャートと言えばすぐ「あ、ブラタモリ!」と思われる方が多いのではないでしょうか?
ちょうどブラタモリでも紹介のあった滝があったとされる場所に近づいてみると非常にダイナミックなチャートの模様を間近で見ることができ、なかなか感動しました。
チャートについて少し調べると海底に堆積した岩石とのことで、ちょっとロマンが広がる分野だなぁと思いました。
② ほとんどの女性が方向音痴だと思いますが、私も超方向音痴です。ガイドの方が今ここにいますよ!と教えてくださっても、地図の向きが違ったりして、くるくる地図を回す自分がいます。(他にも同じようにされているマダムがいらっしゃりほっと安心しました。)
ところどころに残る立派な石垣を見てはため息をつく。信長の時代でも3m以上の高い石垣を積むことはできなかったため、低い石垣を何層にも積んで、全体として高く見えるように工夫をしていたのが分かりました。
③ 鼻高への道は想像していた山歩きとは全く違うかなり真剣勝負の険しい道でした。軍手を持っていけばもっと安心できたのですが、素手でしたので、岩や木の幹を掴んだりして身体のバランスを崩さないよう十分に用心して進みました。ちなみに柵やロープなども一切ない超自己責任だかんねーと言わんばかりのルートでした。
景色をみるような余裕はなく、転ばないように足元に集中して鼻高まで到達しました。そこには大きな堀切があり、ここまでが岐阜城の守りの端っこというのが実感として感じられました。
妙な達成感も味わうことができ、来てよかったーという嬉しい気持ちが湧き上がってきました。きっと参加者の皆さんも同じ思いだったのではないでしょうか。険しすぎて途中写真を撮る余裕がありませんでした。スミマセン
苦労して降りてきた同じ道を今度は上って行きます。下りよりは危険度が少ないかなと思いました。落ち葉が滑りやすいので着地に気を遣いましたが、のぼりではそれほど危険な気がしませんでした。黙々と目に映る岩や泥や枯れ葉を踏み越えて行く。
ようやく資料館の所まで戻ってきて、やったーこれで後はおいしいごはんを食べるのみと思ったのは私だけではなかったはずです。
④ 岐阜城の天守から少し下がったところにかつて太鼓櫓があり、現在はそこが展望レストランとして営業しています。
大パノラマで岐阜市を眼下に望んで頂くごちそうは、ごちそうの中のごちそう!
戦国時代なら信長とお客人しかこの眺めを味わうことはできなかったとのお話です。ガイドさんによると、ポルトガルからの客人であるルイス・フロイスを伴って一緒に天守に上った柴田勝家が「自分も初めて来たー。超感動(現代語訳です)」と言ったそうです。
沢山あるいて、いい汗をかき、達成感も味わった後で頂く味噌カツどんはこの上なくおいしかったです。
岐阜城は巨大な山城ですが、アクセスもよく、しかもロープウェイもあるので気軽に上ることができる素敵なお城です。是非GWに一度訪れて欲しいなとマチコは思いました♪
帰り道にふと目に留まった可愛い花。「また来てね♡」と言っているように私には見えました。なわけないか。。。
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